故人が借金を残して亡くなったが、自分が相続放棄をしたら子どもが借金を背負うことにならないだろうか?
また、借金持ちの子どもがいない叔父さんが亡くなり、兄妹である母が相続放棄すると言っているが、自分も相続放棄をしなければいけないのだろうか?
このような不安を抱えていらっしゃる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
相続財産はプラスの財産だけではありません。
借金等のマイナスの財産も相続人に相続され、相続人が亡くなられた方の借金の返済義務を負うことになります。
そのようなマイナス財産を相続しない等のために、亡くなられた方の財産を一切相続しないという相続放棄の制度が設けられています。
しかし、相続放棄をした場合、借金等のマイナス財産はどうなってしまうのでしょうか?
親が相続放棄をした場合は、代襲相続は発生しません。したがって、相続放棄をした場合でも、子どもが借金の返済義務を負うことは無いのです。
今回は、相続放棄手続きを行った時に代襲相続がどのように絡んでくるかの解説と、その後の相続財産の行方について、ご説明していきたいと思います。
1.相続放棄とは
1-1.相続放棄とは
相続放棄とは、被相続人の相続財産をプラスの財産を含め、一切の相続財産を受け継がない方法です。相続放棄をした相続人は、はじめから相続人ではなかったものとみなされます。
相続放棄は、被相続人の相続財産がプラス財産より借金等のマイナス財産の方が多い場合に、借金返済義務等を相続することを回避するために用いることが多いです。
相続財産は、預金や不動産等のプラス財産だけではありません。相続が発生すると、故人の借金やローン、連帯保証等のマイナス財産も相続人が受け継ぐことになります。しかし、故人の遺した借金等の返済義務を相続人が必ず負わなければならないということは、相続人にあまりに酷です。そのため、相続人には相続放棄をするという権利があり、これを用いて返済義務を免れることができます。
1-2.相続権の順位
民法には法定相続人や相続する順番・割合が定められています。
第1順位は被相続人の子、第2順位は被相続人の親、第3順位は被相続人の兄弟姉妹です。なお、被相続人の配偶者はいかなる場合も相続人になります。
下図は、相続権の順位を表したものになります。
相続放棄をした場合にも、こちらの順位が関係してきます。詳しくは、3でご説明いたします。
2.代襲相続とは
2-1.代襲相続とは
代襲相続とは、本来相続人となる方がすでに死亡している場合や、相続欠格・排除等により相続する権利を失った場合、この者に代わってその次の世代(いわゆる子ども)に相続する権利が移る制度のことです。
例えば、通常ならば父の相続財産は子に受け継がれますが、父の相続発生時において、子が父よりも先に死亡している場合、父の相続財産は孫に受け継がれることになります。
2-2.代襲相続人になれる人・なれない人
代襲相続人になれる人は、当初の法定相続人の直系卑属です。つまり、当初の法定相続人が被相続人より先に死亡している場合や、相続欠格・排除等の理由で相続権を失った場合に代襲相続となります。ただし、相続人が被相続人の兄弟姉妹の場合は、被相続人から見て甥・姪までが代襲相続人となります。
3.相続財産の行方
3-1.相続放棄をしたら相続財産は誰のものになるのか
2-1でご説明したように、相続権には、順位があります。
そのため、まず、配偶者と第1順位である子が相続放棄をした場合、第2順位である被相続人の親に相続権が受け継がれます。さらに、第2順位である被相続人の親が相続放棄をした場合には、第3順位の被相続人の兄弟姉妹に相続権が受け継がれます。この第3順位の被相続人の兄弟姉妹全員が相続放棄をした場合は、相続人はいなくなることになります。その際の取り扱いについては、この後ご紹介する3-4相続人全員が相続放棄をした場合をご参照下さい。
3-2.相続放棄をした人の代襲相続
相続放棄をした場合、相続放棄をした人の子が代襲相続することはありません。それは、相続放棄をした人は、その相続に関して、初めから相続人とならなかったものとみなすという民法の規定が根拠になります(民法939条)。初めから相続人とならなければ、そもそも相続権が受け継がれることはありませんから、相続放棄をした場合は、代襲相続は発生しません。
例えば、母の父である祖父が亡くなり、母が相続放棄をした場合を考えてみましょう。
母が相続放棄をした場合、母自体に相続権が初めから無かったことになりますから、その子(被相続人の孫)に代襲相続が発生することも無く、本人は相続放棄の手続きをする必要はありません。
3-3.前の順位の人全員が相続放棄をした場合の代襲相続
すでに3-1でも述べさせて頂きましたが、民法には相続人となる人及びその順番・割合が定められています。ここで注意が必要なのが、前の順位の相続人全員が相続放棄をした場合です。
例えば、母のお兄様である叔父様の相続が発生し、その法定相続人が叔父様の奥様と従兄妹であった場合を考えてみましょう。
この場合に、常に相続人となる配偶者(叔父様の奥様)と第1順位である子(従兄妹)が相続放棄をしたとします。すると、叔父様の奥様と従兄妹は相続人ではないものとされるため、叔父様の相続権は第2順位である両親(祖父母)に受け継がれます。しかし、祖父母はこのケースでは既に他界しているので、第3順位である叔父様の兄弟姉妹の母に相続権が受け継がれます。この時、第3順位である母が他界していた場合は、代襲相続する本人は相続放棄手続きを行わなければなりません。
この点、3-2と混乱しないように、気をつけてください。
これを行わない場合、叔父様の相続財産を相続するものとみなされ、借金等のマイナス財産も引き継ぐことになってしまいます。
このように、前の順位の相続人が全員放棄した場合は、相続放棄の手続きが必要か否か、注意が必要です。
3-4.相続人全員が相続放棄をした場合
相続人の全員が相続放棄をした場合、相続人がいない場合と同様の取り扱いになります。相続人がいない場合、相続財産は相続財産法人というまとまりになり、債権者などの利害関係人や検察官からの申立てがあれば、家庭裁判所から選ばれた相続財産管理人(※)という人が管理・清算していきます。
相続財産の管理・清算手続きとは、財産を分け与えるべき人がいないかということを調べることや、債権者に対して残されたプラス財産の中から借金を平等に返済する手続き等を行います。もし、マイナス財産よりプラス財産の方が多ければ、そのプラス財産は最終的に国庫に帰属します。
相続財産管理人に関しては別記事もご覧ください。
【相続人がいない時はどうする?相続財産管理人を立てて解決】
3-5.父の相続放棄をしても祖父の相続人になれるのか
父が祖父よりも先に多額の借金を残して亡くなったため、子が父の相続を放棄した場合において祖父に相続が発生した場合、子から見て父は既に死亡しているため、子に代襲相続が発生し、子が祖父の相続人となります。父の相続を放棄しても、父の代襲相続人となる権利が奪われるわけではありません。そのため、祖父の相続発生時には、祖父の相続人となることもできますし、祖父の相続放棄をしたい場合は、別途相続放棄手続きを行う必要があります。
4.注意点
4-1. 相続放棄をしようと考えたら、相続財産に一切手をつけてはならない
被相続人の財産を処分してしまった相続人は相続放棄手続き行うことはできません。例えば、被相続人の預金を引き出し、使ってしまった場合は、引き出した相続人は被相続人の財産を単純承認したとみなされ、相続放棄手続きができなくなります。
つまり、相続人のマイナス財産も相続することになります。そのため、急にお金が必要になった場合等、小額だからといってうっかり被相続人の財産を引き出して使ってしまった場合は、相続放棄手続きができなくなるため、注意が必要です。
4-2.相続放棄の取り消しができない
相続放棄がいったん受理されると、詐欺や脅迫、重大な勘違いによる場合等の特別の事情がない限り、取り消すことは認められません。そのため、慎重に行わなければなりません。相続放棄をする前には、弁護士・司法書士等の専門家に相談されることをお勧めします。また、専門家にお願いすれば、相続放棄手続きの全部または一部を代わりに行ってくれます。
4-3.相続放棄をしたら、次の順位に通知しましょう
第1順位の相続人(子等)が全員、相続放棄すると、第2順位の相続人(親等)が、第2順位の相続人全員が相続放棄すると第3順位の相続人(兄弟姉妹等)が相続人となります。そのため、相続放棄をしたい場合は、相続人となった際に各々が手続きを行わなければなりません。
例えば、第1順位の相続人である子が相続放棄をした場合、相続権は第2順位である被相続人の親に受け継がれます。被相続人の親も相続放棄をしたい場合は、親も相続放棄手続きを行う必要があります。そのため、相続放棄をした被相続人の子は、新たに相続人となる被相続人の親に対して相続放棄をした旨を伝える必要があります。